大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)21号 判決

上告人

高砂市長

足立正夫

右訴訟代理人

後藤三郎

坂本義典

大西裕子

被上告人

鹿間幸一

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の主位的請求中上告人が昭和四八年三月三一日付で被上告人に対してした高消許第四六三号給油取扱所変更許可処分が存在し、かつ、その効力を有することの確認請求を棄却する。

被上告人のその余の主位的請求に係る訴えをいずれも却下する。

原判決中被上告人の予備的請求に関する部分につき本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

被上告人の主位的請求に関する訴訟の総費用は被上告人の負担とする

理由

上告代理人後藤三郎、同坂本義典、同大西裕子の上告理由について

行政処分が行政処分として有効に成立したといえるためには、行政庁の内部において単なる意思決定の事実があるかあるいは右意思決定の内容を記載した書面が作成・用意されているのみでは足りず、右意思決定が何らかの形式で外部に表示されることが必要であり、名宛人である相手方の受領を要する行政処分の場合は、さらに右処分が相手方に告知され又は相手方に到達することすなわち相手方の了知しうべき状態におかれることによつてはじめてその相手方に対する効力を生ずるものというべきである(最高裁昭和二六年(れ)第七五四号同二九年八月二四日第三小法廷判決・刑集八巻八号一三七二頁参照)。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。すなわち、被上告人は昭和三二年三月三一日高消許第三二号給油場の許可を得ていたが、昭和四八年三月初め頃上告人に対し、消防法一一条一項の規定に基づき給油取扱所変更許可申請(以下「本件変更許可申請」という。)をしたところ、同月三〇日右申請が受理された。上告人(主管・高砂市消防本部)は、本件変更許可申請に対し昭和四八年四月六日、遡及した日付である同年三月三一日付で高消許第四六三号給油取扱所とした変更許可書の原本とその写し(甲第一一号証の四)を作成し、被上告人の元売会社である三菱石油株式会社(以下「三菱石油」という。)大阪支店の千家課長に右許可書の写しを交付した。右写しは、その後大阪通商産業局長宛に提出された。この間の経緯は、次のとおりである。すなわち、上告人は、昭和四五年以降、給油取扱所の変更許可申請の際、事前に隣接住民の同意書を提出させていたので、前記被上告人の本件変更許可申請についても、昭和四八年三月三一日被上告人に対し隣接住民である石原誠一の同意書の提出が本件変更許可申請に係る許可処分(以下「本件変更許可処分」という。)の条件になる旨連絡し、その提出を求めたが、被上告人は終始これを拒否していた。他方、被上告人は格別三菱石油に対し本件変更許可申請手続に関する代理権を与えていたわけではなかつたが、上告人は同会社大阪支店を被上告人の代理人と考えて応待していたところ、右大阪支店及び同じく被上告人の元売り会社である兵庫県内海漁業協同組合連合会(以下「内海漁連」という。)から、隣接住民の同意書を後日提出するので昭和四八年三月三一日付で本件変更許可処分をしてもらいたい旨の懇請を受けた。その理由は、被上告人が通商産業省から昭和四七年度の給油取扱所の変更の枠を得るためには、昭和四八年三月三一日までに本件変更許可処分が効力を生じていなければならなかつたからである。そこで、上告人は、昭和四八年四月六日が本件変更許可処分の許可書の写しを添付して大阪通商産業局長宛に昭和四七年度の前記変更の枠の申請手続をする最終日であつたので、三菱石油らの前記懇請により、例外的に隣接住民の同意書の提出がないまま許可することとし、右同日、同年三月三一日付で本件変更許可処分の許可書の原本とその写しを作成したが、その際、上告人は、右写しの条件欄に隣接住民の同意書を提出すべき旨を記載すると前記変更の枠が流れてしまうので、その旨を記載しない代りに、三菱石油大阪支店と内海漁連から連名で、「工事に関する貴市指定隣接住民の同意書を提出するまで本件変更許可書の受理につき異議を申しません。云々」の念書(乙第一号証)を差し入れさせ、これと引換えに右許可書の写しを三菱石油大阪支店らに交付し、他方被上告人に対しては許可書原本を交付することなく、終始隣接住民である石原誠一の同意書を提出することを求めた。

そこで、以上の事実関係の下において、上告人による被上告人に対する有効な変更許可処分がされたものと認めることができるかどうかを考えるのに、右の事実によれば、本件許可書の写しの三菱石油大阪支店らに対する交付は、同人らの懇請に応じ大阪通商産業局長に対する関係で昭和四七年度の給油取扱所の変更の枠を確保することを目的としてあたかも許可処分があつたかのような状況を作出するためにされたものにすぎず、被上告人に対する許可処分そのものは隣接住民の同意書の提出をまつて許可書の原本を交付することによつて行うこととされ、三菱石油らももとよりこれを了承して許可書の写しの交付を受けたのであるから、右交付をもつて上告人に対する許可処分の外部的意思表示がされたものとみることはできない。したがつて、これだけでは、本件許可処分は行政処分として未だ成立していないといわざるをえず、その後この状態に変動がない以上、被上告人に対する有効な許可処分は存在していないというほかはない。そうすると、被上告人の主位的請求のうち本件変更許可処分の存在及びその効力の確認を求める部分は理由がないものというべきである。

次に、被上告人が昭和四八年三月三〇日にした給油取扱所内の灯油等専用の一般取扱所設置許可申請に対する上告人の不作為の違法確認の請求についてみるのに、右申請は、本件変更許可処分が有効にされたことを前提とし、右変更に係る給油取扱所内における灯油等専用の一般取扱所設置の許可を求めるものであるところ、前記のように前提である本件変更許可処分自体が存在しないのであるから、かかる申請については、これに対する行政庁の不作為があつても、申請者においてその違法の確認を求める訴えの利益はないと解するのが相当である。よつて、被上告人の前記請求に係る訴えは、不適法として却下すべきものである。

また、被上告人の主位的請求のうち被上告人が本件変更許可処分につき隣接住民の同意書を提出する義務がないことの確認を求める部分は、本件許可処分があつたことを前提とし、右許可処分にはこれに関して被上告人に右同意書提出の義務を負わせるような附款が附されていないこと、仮にかかる附款が附されていたとしてもそれは無効であるとして右の義務不存在の確認を求めるものであるところ、本件許可処分自体が存在しないことは前記のとおりであるから、これが存在することを前提としてこれに関し同意書を提出する義務が被上告人に存在しないことの確認を求める訴えの利益はないといわなければならない。よつて、右請求に係る訴えもまた却下を免れない。

以上の次第であるから、原判決中被上告人の主位的請求を認容した部分を破棄することとし、右部分については原審の確定した事実に基づき当裁判所において裁判をするに熟するものと認められるところ、第一審判決は右主位的請求を原審と同趣旨の理由で認容しているのでこれを取り消したうえ、被上告人の主位的請求中上告人が昭和四八年三月三一日付で被上告人に対してした高消許第四六三号給油取扱所変更許可処分が存在し、かつ、その効力を有することの確認請求を棄却し、被上告人のその余の主位的請求に係る訴えをいずれも却下することとし、なお被上告人の予備的請求についてはさらに審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を神戸地方裁判所に差し戻すのを相当とする。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人後藤三郎、同坂本義典、同大西裕子の上告理由

第一点 原判決(第一審判決の引用による判示を含む。以下同じ)は、行政処分の成否を認定するにつき、経験則並びに採証の法則に違背しかつ法律上の判断を誤つた点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるので破棄されるべきである。

一、本件給油取扱所変更許可処分は、行政行為として不成立である。もともと許可処分は、行政庁の意思表示によつて成立する行政行為である。それは行政庁が許可という法律効果の発生を欲する意思(効果意思)を有し、これを外部に表示する行為(表示行為)によつて成立する。

しかしながら、本件の場合は、行政庁たる上告人に消防法の定めるところに従つて許可をなす効果意思が全くない。またその効果意思を外部に表示する行為も存しない。従つて本件許可処分は不成立である。

二、すなわち、上告人は昭和四八年三月三一日付で本件許可処分をなす意思は、初めから全くなく、唯将来許可処分をなす場合の前提として、通産省の昭和四七年度の給油所変更枠を確保するため、大阪通産局に許可書の写を提出する目的で許可書を作成したに過ぎない。

三、右の許可書作成は、上告人が許可申請者である被上告人、並びに許可申請手続関与者である三菱石油株式会社大阪支店、支店長川崎太郎(以下単に三菱石油大阪支店という)及び兵庫県内海漁業協同組合連合会岩城昭(以下単に内海漁連という)から懇請を受けて、被上告人の利益のために、便宜上これを作成したものに過ぎず、上告人が本件許可処分をなす意思を有しなかつたことは、右関係者全員が等しく了承しているところである。

四、右事実は、前記三菱石油大阪支店、及び内海漁連両者の作成にかかる、昭和四八年四月六日付「念書」(乙一号証)において、「隣接住民の同意書を提出するまで本件変更許可書の受理につき異議を申しません。」という文書が記載されていることによつて、明らかに認められるところであり、また被上告人の作成にかかる、昭和四八年三月三〇日付「申入書」(乙二号証)には、「御市に御迷惑をお掛けしないという念書を御送りする」と記載されているところからも、容易に推認しうるのであり、証人若宮元、同滝本英一、同千家英雄の各証言内容に照せば明白に証明されている。

従つて、上告人が行政庁として、本件許可処分をなす意思が全くなかつたことを疑う余地は存しない。

五、つぎに上告人には、右許可処分意思を外部に表示した行為が存しない。

一般に許可処分を外部に表示するには、許可申請者たる被上告人又はその代理人に対し、許可書を交付することによつてなすのであり、もし右交付が不可能の場合には、これに代る手続として右許可処分を了知させる状態をつくることをもつて足りるであろう。

しかしながら、本件の場合には、上告人は前述のように、通産省の枠を確保するためのやむを得ない手段として、そして全く便宜的な手段として大阪通産局に許可書の写を提出するため、写のみを三菱石油大阪支店長川崎太郎に交付したに過ぎないのである。もとより被上告人に対しては許可処分の通知もしていないし、また許可書の写すら交付していない。

そうすると右は、行政庁が行政目的ではなく、単に第三者の依頼によつて許可書の写を交付したにとどまるのであつて、これをもつてどうして許可処分の外部的表示と解することができるのか、納得することができない。

六、原判決は、上告人が許可書の原本を作成したことをもつて、本件許可処分が成立し、原本の備付ないしはその写の交付によつて、被上告人の了知しうべき状態におかれたので、その効力を生じたと判断しているが、前述したように、原本の作成は、大阪通産省に提出する写を作成するためだけの目的であつたし、また写の交付も通産省の枠を確保するための手段として便宜的に三菱石油大阪支店に交付したに過ぎないから、こうした事実関係の下では、未だ行政行為としての許可処分は成立していないのであつて、この点、原判決の判断は全く誤つていると言わざるを得ない。

七、しかるに、原判決は、前述の各証拠について、採証の法則を誤りかつ経験則に違背して、客観的、合理的な事実認定をなさず、行政行為の成否について法律的判断を誤り、本件許可処分は成立したものと判断したものであり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背であるから、破棄を免れない。

第二点 原判決は消防法一一条二項及び「危険物の規則に関する政令」一七条一項、二項の解釈を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。

一、原判決は、消防法一一条二項(昭和五〇年一二月法律八四号による改正前の規定をいう。以下同じ)は、給油取扱所の位置、構造又は設備の変更が政令に定める「技術上の基準に適合するものであるときは、許可を与えなければならない」と規定している点につき、同法条の「規定の趣旨からみて、裁量を容れる余地のない覊束行為に属するもの」であり、「政令に定める技術上の基準に適合しているか否かは客観的に判断すべきものであつて、右の基準に適合するものであるときは、必ず許可を与えなければならない義務を負うもの」であると判示している。

二、しかしながら、原判決の判示のように消防法一一条二項による許可処分は、国民の権利、自由を制限し、不利益を課する行為であるという理由だけで直ちに覊束行為であると断定することは誤りである。むしろ、法の趣旨、目的の合理的、目的的解釈によつて決めるべきであり、覊束行為か裁量行為かの区別の基準は行政行為の前提要件たる事実が一義的な客観的事実である場合は前者であり、行政庁の政治的又は技術的判断である場合は後者であるとするのが正しいと思われる。そしてそれは今日の判例の大勢でもある。尤も、そうであつても、覊束行為と裁量行為との区別は、やはり相対的な程度の差異があるにとどまり、本質的な相違は画一的には認め難いと思われる。従つて消防法一一条二項の許可処分も、唯概念的に警察許可処分であるから覊束行為であり、覊束行為であるから裁量を容れる余地は全然なく、付款を付することは初めから許されないと軽々に割り切つてしまうのは誤りであるといわねばならない。

三、ところで、消防法一一条二項の規定をみると、同項は、給油所の位置、構造及び設備が政令で定める「技術上の基準に適合するものであるときは許可を与えねばならない。」としているが、右の政令で定める技術上の基準なるものは、「危険物の規制に関する政令」(昭和三四年九月二六日政令三〇六号)の一七条一項及び二項に夫々規定されている。しかしながら、そこに規定されている「技術上の基準」は必ずしもそのすべてが一義的な確定概念で規定されている客観的事実のみとは言い難く、従つて何らの裁量――判断を容れる余地のないものとは考えられないのである。例えば同条一項七号には「固定給油設備は、もれるおそれがない等火災予防上安全な構造とするとともに、……」とあり、また同項一二号には、給油取扱所の事務所には「もれた油蒸気がその内部に流入しない構造とすること。」とあり、更に同項一三号には給油取扱所の周囲にへい又は壁を設ける場合に「当該給油取扱所に接近して延焼のおそれのある建築物があるときは、へい又は壁を防火上安全な高さとしなければならない。」とある(以上傍点は上告人の付加)。

右の各規定はいずれも、行政庁が自己の価値判断をさしはさむ余地は全くなく、単に機械的執行をなしうるものでないことは明らかである。特に「給油取扱所に接近して延焼のおそれのある建築物」は、明らかに裁量を必要とする概念であるし、また「防火上安全な高さ」とは、接近している建物の具体的構造及び状況と、その建物の延焼のおそれの程度によつて相対的に判断され決定される概念であることも間違いない。

従つて、消防法一一条二項が政令で定める「技術上の基準に適合するものであるときは」と規定している点において、既に原判決のいうような覊束行為でないことがわかる。

四、更に消防法一条において、法の目的として「この法律は……火災又は地震等の災害に因る被害を軽減し、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。」とうたつていることからも明らかなように、消防法一一条二項が定める地方公共団体の長のなす許可処分は何よりもまず、それが災害の発生の防止と安寧秩序並びに社会公共の福祉の保持増進に合致することを判断し、確認した上でなすべきものであることは疑いの余地がない。

このことは石油コンビナート等災害防止法(昭和五〇年一二月一一日法律第八四号)の公布に伴い、消防法一一条二項も一部改正され、「……技術上の基準に適合し、かつ当該製造所、貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないときは許可を与えなければならない。」と明文をもつて「公共の安全の維持」「災害の発生の防止」が掲げられたことをみても容易に理解できよう。この規定は同法条に別段新らしい要件を加重したものではなく、むしろ当然のことを確認したものと解すべきである。そうすると改正前の規定であつても、「技術上の基準」に適合するか否かを法の趣旨、目的に照して判断すべきは勿論であつて、もし一応適合していると判断されてもなお「公共の安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれ」があるときは、これを無視して許可を与えることはできないものと考えられる。何故なら、法律はいかなる場合でも公共の安全、災害発生防止に反する行為をあえて許容するものではないからである。

五、以上のとおりであるとすれば、上告人は、消防法一一条二項によつて、「技術上の基準」に適合するや否やを判断(裁量)すべく、更には法の目的に照らして公共の安全の維持等を判断した上で、許可処分をなすべきものと考えられ、そうすればもはや右許可処分は覊束行為とはいい難く、裁量行為として必要な限度で適宜の処置をとることができ、従つて許可処分をする場合には更に必要な付款を付することもできるといわねばならない。

六、然るに、原判決は消防法一一条二項の解釈を誤り、本件許可処分を「裁量を容れる余地のない覊束行為に属するもの」と解したのは違法であつて、右は判決に影響を及ぼすことが明らかというべく、破棄を免れない。

第三点 原判決は「危険物の規制に関する政令」一七条一項一三号の解釈を誤つた違法があり、かつ釈明権の不行使及び審理不尽の違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。

一、本件給油取扱所の設備は「危険物の規制に関する政令」の一七条一項一三号に適合していないものである。すなわち、同条一項一三号には「当該給油取扱所に接近して延焼のおそれのある建築物があるときは、へい又は壁を防火上安全な高さとしなければならない」と規定されているが、右の「安全な高さ」とは、接近している建物の具体的構造及び状況並びに延焼のおそれの程度との関係において判断しなければならないことは既に述べたところであるが、それはまた同時に接近している建物の所有者ないし居住者が、通常有する心理的な安全感覚を全く無視して決めうるものでもない。

二、そうすると、「技術上の基準」に適合しているといいうるがためには、接近している建物所有者ないし居住者が社会通念として、「防火上安全」と感ずる程度の高さを確保する必要があることになりその場合の具体的証明基準としては給油取扱所の設置又は変更に対する「隣接住民の同意」が最も適切であると考えられるのである。

従つて、「隣接住民の同意」は既に政令にいう「技術上の基準」の一要件に包摂されていると言つてよく、そうだとすれば、その要件が満されていない以上、仮りに本件許可処分が原判決の判示するように、覊束行為に属するものであるとしても、許可すべきでないことは言うまでもなく、また許可処分をなすについても必要な限度で条件を付することは容認されるのである。

三、この点に関しては第一審及び原審において、上告人の明確な主張は欠けていたが、しかしながら、上告人は、本件許可処分の前提として、又は許可処分の効力発生条件として、「隣接住民の同意書」の提出が必要であると一貫して主張しているのである。

そうすると、原審が、「危険物の規制に関する政令」の一七条一項の解釈を誤らなければ、右「同意書」の提出の必要性及び適法性は容易に是認しえたのであるから、この点原審は適切な釈明権を行使して、上告人に対しその主張を明らかにさせた上、審理をつくすべきであつたと言わねばならない。

四、然るに原判決は、被上告人の給油取扱所の変更が「危険物の規制に関する政令」一七条一項の「技術上の基準」に適合していると判断したことは、右政令の解釈を誤つたものであり、かつ釈明権の不行使、審理不尽の違法があると言わざるを得ず、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。

第四点 原判決は、上告人と被上告人との間における環境保全に関する特約の成否に関し、経験則並びに採証の法則に違反して、その成立を否定したが、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背というべきであるから破棄されるべきである。

一、被上告人は、昭和四八年三月三〇日に、上告人に対し、給油取扱所の構造及び設備の変更につき隣接住民の同意を得ることを約定した。このことは、被上告人の申入書(乙二号証)に、「御市に御迷惑をお掛けしないという念書を御送りする」とあるをみても明らかに推認できるところであり、また被上告人のため、給油取扱所変更許可申請手続を代行していた三菱石油株式会社大阪支店、および内海漁業協同組合連合会作成の念書(乙一号証)によつても容易に窺知できるのである。

二、右は地方公共団体としての高砂市が、地域の環境保全と住民の安全、健康および福祉を保持するため、給油所経営者たる被上告人に対し、給油所の規模の拡大、変更に際して最小限度の譲歩として、隣接住民の同意を得ることを求め、被上告人はこれを了解したもので、右は一種の公害防止協定とも言うべき合意である。そしてそれは単なる紳士協定ではなく、上告人と被上告人との間においては、法的拘束力があり、その義務履行を強制しうる契約とみるべきである。

三、そうすると消防法の規定の解釈如何に拘らず、上告人は被上告人から右契約に基く義務が履行されるまで、本件許可処分をなさないで留保することができるし、また許可処分をなすについても被上告人に対し、右義務履行を条件とすることは許されるであろう。何故ならば、この契約は事業者が災害防止、公共の安全の維持のため、自ら隣接住民の了解を取り付けることを約するものであり、消防法の目的に合致し、なおこれを推進するものであるからである。

四、しかして右特約の成立は乙一号証、二号証並びに証人若宮元、証人滝本英一及び証人千家英雄の各証言により明らかに認定ないしは推認できるにも拘らず、原判決が採証の法則に違反し、かつ経験則に反して、その成立を認定しなかつたのは、極めて不合理な事実認定というべきであり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背に該当し、破棄を免れない。

第五点 原判決は、上告人が環境保全条例の規定に基き、消防法上本件許可処分を留保すること若しくは必要な付款を付することができないと判断したことにつき、消防法および条例の解釈を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背であるから破棄されるべきである。

一、上告人は、既に原審において主張したように、高砂市においては高砂市条例第二一号をもつて高砂市環境保全条例が昭和四七年七月一日制定、公布されており、同条例の定めるところによれば、ガソリンスタンドは同条例にいう「指定工場等」に該当し(一条三項、別表第2の89号)、その「種類、場所及び方法」を変更しようとするときは、新たに市長の許可を受けることを要し(三〇条一項、二三条二項七号)、市長は右の「許可をするにあたつては、公害の防止のため必要な限度において、条件を付することができる。」と定められている(三〇条二項、二四条二項)。

二、従つて、被上告人は本件給油取扱所変更については、右条例に基いて、新たに上告人の許可を受けることが必要であり、この場合、上告人は条例三〇条二項、二四条二項により、右の許可をするにあたつて、公害防止のため必要な限度で条件を付することが出来るのである。

しかして、上告人は従来ガソリンスタンドの設置、変更の許可をするにあたり、行政指導により、事業者に対し、付近住民の環境を保全する手段の第一歩として、事業者に最小限の譲歩――隣接住民の同意を得ること――を義務付けてきた。前記環境保全条例は、こうした従来の行政指導に法令上の根拠を与えるため、条例の明文をもつてこれを承認したものである。

三、右のように、給油所の設置、変更の許可については、消防法の規定による許可と環境保全条例による許可とが併存するが、この二つの許可は、夫々許可の目的を異にし、前者は、主として給油所の施設そのものの安全の確保を目的としているのに対し、後者は、施設ないし事業と、環境との調整を目的とするものであるということができる。そうすると、消防法と環境保全条例は、はじめから規制の対象を異にするから、一応両者の矛盾、牴触はなく、上告人は消防法による許可とは別途に環境保全条例によつて、許可を留保し、または必要な条件を付することができると考えられるのである。

四、しかしながら、消防法により許可処分をなす行政庁は、条例により許可処分をなす行政庁と同一行政庁であるから、同一行政庁たる上告人が消防法により許可を与え、環境保全条例によつて許可に条件を付することは行政処分の統一性からみて好ましくないし、実際の処理上も疑問が生ずるところであろう。すなわち、原判決が判示するように、「本件付款は条例に根拠を有し有効である旨」主張しても、「本件はもつぱら消防法上の許可」であるから、そのような主張は消防法上は許されないという点については、更に検討を要する。

五、本来、地方公共団体は、憲法九二条により、「その組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて法律でこれを定める。」ことになつており、これを受けて地方自治法をはじめ関係法令が制定されている。そして地方自治法は、地方公共団体の固有事務として、同法二条三項一号において、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること。」を規定しており、また同項八号には防災を行うことを定めている。また消防組織法六条は、「市町村は、当該市町村の区域における消防を十分に果すべき責任を有する。」と規定している。

更に、憲法九四条は、地方公共団体の権能として、財産管理権、事務処理権、行政執行権を定め、かつ自主立法として条例制定権を規定している。

そうすると、地方公共団体は、消防行政に関しては、「固有の自治事務」として、第一次的責任と権限を有し、また必要事項については条例を制定することができ、このような権能は、憲法において地方自治制度として保障されているのであつて、この点は法律といえどもこれを侵すことはできないのである。それは地方自治制度が法律に隷属していた明治憲法下ならばともかく、現行憲法下においては、地方自治は憲法上の制度として保障されているから、「地方自治の本旨」に反する法律は違憲といわざるを得ないからである。

右のような考え方に立つと、地方公共団体たる高砂市が消防行政に関し、行政指導として、ガソリンスタンドの設置、変更につき、許可申請者に対し、「隣接住民の同意書」を提出することを要求し更には、環境保全条例を制定して、ガソリンスタンドの設置、変更について、消防法とは別に市長の許可を要するとし、かつ公害防止の限度で右許可処分に条件に付することを認めたことは、いずれも憲法が地方公共団体に保障している地方自治行政の権能であることはいうまでもない。

六、一方、消防法一一条二項に定める市長の許可処分は、地方自治法上所謂「機関委任事務」といわれ、同法一四八条一項、三項および別表第四の二項(一の六)に規定されているものであるが、右は法律により本来の国の事務を市長に委任して行なわせるものであるから、市長の地方公共団体の長としての職責と矛盾したり、不可能にしたりするものであつてはならないし、ある筈もない。

従つて、市長は、従来の行政指導、要綱、及び条例による処置が法に真向から違反するものであれば格別、本件のように消防法の趣旨、目的に合致し、更にそれを具体的に推進し、実現するような場合には、条例による許可と、消防法上の許可とを一致させることができるし、また一致させねばならないものと考えられる。

これを要するに、上告人は、消防法による本件許可処分を、環境保全条例による許可処分と統一して行うため、後者が効力を生ずるまで前者を留保するか、または両者の許可処分条件を同一にすることが許されるものと信ずるのである。

七、右の次第により、上告人は条例による許可処分と消防法による許可処分とを統一しうるのであるが、原判決は消防法と環境保全条例の解釈を誤り、消防法上の許可を条例上の許可とは別個のものであり、条例上の許可とはかかわりなく、消防法上の許可をなすべきものと断じたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背というべく、破棄を免れない。

第六点 原判決は、消防法一一条二項と高砂市環境保全条例三〇条との優先関係につき、憲法の解釈を誤つた違法があるので、破棄されるべきである。

一、高砂市においては、環境保全条例が制定され、同条例において消防法一一条二項に基く許可とは別に、条例による許可を必要とし、かつその許可に条件を付しうるものとされていることは既に述べたところであるが、この場合、右条例の規定が消防法一一条二項と規制の対象、目的を同一とするから、両者間に牴触関係が生ずると解するならば、本件においては、消防法の右規定は、条例と牴触する限度で憲法違反となり、適用すべからざるものとなるのである。

二、すなわち、給油取扱所の設置等は、地域住民の生活利害に重大な関係を生ずるものであるから、このような事項については、「地方自治の本旨」に基いて処理すべきものであり、法律は、その目的で制定された条例の執行を当然に禁止することはできないものである。何故ならば、もし消防法の前記規定が、環境保全条例の規定の執行を排除するものと解するならば、それは憲法九二条の「地方自治の本旨」並びに九四条の地方公共団体の権能を否定する法律といわざるを得ず、そうすれば本件の適用に関しては憲法違反というの外ないからである。

三、思うに現代ほど、公害行政において、法律と条例の調和に苦悩している時代はないであろう。現在の公害現象は、法律的には、いずれも憲法の申し子である財産権と生存権との露骨な争いとして感覚的に映ずるのであるが、財産権は既に各分野において体系的に既存法律で支えられているのに対し、生存権は時代と共にその流れの尖端において敏感に反応し、自在にその自己主張をなすのであり、従つて行政面では行政庁の行政指導、要綱、条例にそのよりどころを求めようとするのは蓋しやむを得ないところである。

四、そうすると上告人は、地方公共団体の長として、本件給油取扱所の変更許可処分については、消防法の規定に優先して環境保全条例に拘束されることとなり、同条例による許可処分をなすべきでありかつ許可処分に必要な条件を付しうるのである。

従つて、上告人が条例によつて付しうる条件として、「隣接住民の同意書」を消防法上の許可処分にも要求したことは当然であり、何ら違法とするにあたらないのである。

五、然るに、原判決は憲法九二条及び九四条の解釈を誤り、消防法一一条二項を環境保全条例三〇条の規定に優先させ、同条例の右規定に拘りなく、消防法一一条二項によつて本件許可をなすべきでありかつ法律上付款を付しえないものとしたのは違法であるから破棄を免れない。

第七点 原判決は、消防法一一条二項の規定が憲法違反の法律であるのにあえてこれを適用した違法があるから破棄されるべきである。

一、仮りに、憲法九四条の解釈として、法律が常に条例に優先するものであり、上告人は高砂市環境保全条例の規定にかかわらず、消防法に拘束されるものとすれば、そしてもし消防法一一条二項が、原判決の判示するように給油所(ガソリンスタンド)の施設が客観的、画一的な「技術上の基準」に適合している限り、必ず許可を与えるべきものであつて、そのガソリンスタンドの隣接地の状況がどのようであれ、また隣接地住民の環境保全への影響がどのようになろうとも、全く顧慮しないという解釈をとらざるを得ないのであれば、この部分の規定は憲法一三条及び二五条に違反するものとして、無効といわざるを得ない。

二、すなわち、現在の経済社会は、一九六〇年代に入つてからの余りにも急激な、そして余りにも無秩序な地域開発や事業活動の拡大のため、国民一人ひとりは、憲法一三条に定める個人としての尊重はもとより、生命、自由及び幸福追求に対する権利もおびやかされるようになり、更に憲法二五条に定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」――生存権すら侵害されるおそれが生ずるに至つたのは、顕著な事実である。そこで、右の憲法の各条項を根拠として環境権なる権利が提唱され、国民が自らの生存権、生活環境を守る具体的なよりどころにしようとしたのは、蓋し時勢の赴くところであつたというべきであろう。そしてこの考え方は更に発展せしめられ、環境破壊のうちの個々の具体的危険、すなわち生命、身体、健康に対する物理的侵害を排除する権利として、「安全権」という権利が憲法上の生存権から直接導き出されると主張されている(篠塚昭次著、論争民法学4、五九頁以下)。このような国民の環境保全に対する要求、更に、より具体的な社会生活上の危険(例えばガス爆発事故等)から自らの安全を守る権利は、現代の国民生活を支える権利であり、それはまた同時に憲法上絶対的に保障されている基本的人権に外ならない。

三、しかしながら、既成の実定法は過去の経済社会の基盤の上に成立し、かつそれを反映してきたが故に、変遷する時代の要求に対応しきれず、そのいくつかの条文は国民の生活環境を保全する手続を知らず、もはや現在ではその効力を保持しえないものが見受けられる。「すでに現実の立法の実績をみても、公害立法をはじめ、自然環境の保全、国土の利用、風紀の取締りなど各般の行政分野においてはまず既存の法律に牴触するような条例によつて施策の先取りが行なわれ、法律がこれを吸収するといつた現象」(原田尚彦、ジュリスト「現代都市と自治」総合特集号No.1、六一頁)が生じていることは何よりもこの間の事情を如実に物語つている。

本件の消防法一一条二項も、少なくとも改正前は、そうした法律のひとつであつたと思われる。だからこの法律の右条項は、全国いたるところで地域住民との間に摩擦を生じ、疑義を生み、地方自治体の長はその解釈、運用に悩んできたのであつた。極端な表現をすれば、その衝にあたる自治体の長は、消防法一一条二項に従つて、環境保全を要求する地域住民を敵とするか、地方自治の本旨に則つて環境を守つて法律に違反するか、そのいずれかを選択せねばならなかつたといつても過言ではない。

四、本件上告は、単に被上告人との間の法律上の争訟の解決にとゞまらず、右のような問題の根本的解決を目指す以上、上告人としてはあえて消防法一一条二項の違憲を主張して原判決の破棄を求めざるを得ず、この点に関し、御庁の十分な御審理と御判断を仰ぎたいのである。

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